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読書について

 気が付けば3月ですよ。この一年、平日は頑張って働き休日はがっつり休むというスタイルでやってきましたが、そのスタイルのなかにブログを全く組み込まないまま一年が過ぎました。ブロガーとしてこれはいかんですね。とにかくメモ程度のものでも何でも良いから書いておかないとブログたる意味がないので、ネットをめぐって見つけた興味深い文章等を貼っていくことにします。

 最近自分は全くといっていいほど読書をしていないのですが、そろそろ本を読まなければいけないなぁと思うようになりました。大学時代、ろくに本も読まずにネットばかりやってきましたが、社会人になってからというもの、日本語の力が明らかに他の人と比較して劣っていると実感しています。やはりネットから得る知識や考え方などは付け焼刃のようなもので、自ら能動的に本を読まなければ得られるものは少ないですね。そんなことを感じているときに、こんな文章をネットで見つけました。


ショーペンハウエル『読書について』

「凡庸な著者にかぎってだれでも、自分に特有な自然の文体に偽装を施そうとする。つまり凡庸な頭脳の持ち主たちは考えるとおりに書くという決心が、まったくつかないのである。それというのも、そういう調子で書けば、書き上がったものがまったくつまらないものになりかねない、という予感におびえるからである。しかしそれでも、それはそれなりにものになっている場合もあるはずである。つまり彼らが誠実な態度で仕事に着手し、彼らが実際考えたわずかなことや、平凡なことを、考えたとおりに伝えようとすれば、できあがったものも結構読めるであろうし、そればかりではなく彼らにふさわしい専門の領域では、有益なものも書き上げるであろう。しかし、実情はこれと逆である。つまらないことをわずかしか考えていないのに、はるかに深遠なことをはるかに多量に思索したかのように見せようとして懸命である。したがって彼らはその主張を表現しようとして、不自然、難解な言いまわしや新造語を、だらだらとした文章、堂々めぐりを重ねたあげく、何を考えているのかを不明にする複雑な複合文章を使う。つまり彼らは自分たちの考えている同じ一つの思想を伝達しようとする努力と、隠蔽しようとする努力との間をさまよっているのである。」

「だれにもわからないように書くほどたやすいことはなく、逆に重要な思想をだれにでも自然にわかるように書くほどむずかしいことはないのである。大切なのは普通の語で非凡なことを言うことである。」


 要するに、凡人は文章を書くときに「オレ頭いいっしょ!?頑張って書いたよ!?すごいでしょ!?」ということを伝えたくて、ショーペンハウエル曰く「複雑な複合文章を使う」ため、結果的に意味不明な文章となってしまうんだと。そういうことをせずに文章を書けば十分読むに値する文章になるということですね。

 まさに真理。確かに頭の良い人ほど文章量は少なく、飾りのない文体で物事を伝えています。凡人がとかく格好の良い文章、頭の良さそうな文章にこだわればこだわるほど、皮肉にも馬鹿の烙印を押されることはこの一年で身を以て知りました。自分の知っていることを徹底的にシンプルに書いて伝える。改めてその意識をもって、試行錯誤の日々を送っていこうと思います。

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いつの間にか新社会人になってしまった第一期ゆとり世代でオタク。既に自らの死因はストレスか過労だろうと思っているが、少なくともヱヴァンゲリヲン新劇場版を見届けるまでは死なないことを目標にしている。

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